教育長過去のエッセィ
2007.12   
 秋は府内各地の学校で研究発表や夢大使の授業があるので、学校の様子を見せてもらいに行くことが多い。10月下旬から10校ばかりの小・中学校にお邪魔した。

「京の子どもへ夢大使派遣事業」は、多様な分野の著名人を小・中学校に夢大使として派遣し、子どもたちの心に響く授業や、興味・関心、学習意欲を高める授業をしていただくものだ。

 11月上旬、京田辺市の小学校でマリンバ奏者の通崎睦美さんを迎えて夢大使の授業があった。この日は体育館で3・4年生の合同授業。
 7月に通崎さんと京都フィルハーモニー室内合奏団のコンサートがあり、林光の新作「木琴協奏曲」の快演を見せてもらったばかりだ。この日は今田香織さん、上野裕子さんと一緒に3人のグループで来られた。

「マリンバはどこで生まれたのでしょう」いきなり通崎さんが質問する。
「アメリカ」「フランス」「メキシコ」思いつくまま返す子どもたちの喚声。
「はあい、実はアフリカなんです」

 3種類のマリンバを目の前で見るのはおそらく初めてだろう。
 マリンバが全部ばらばらになり、演奏のたびに車で運び込んで組み立てることの説明が終わると、子どもたちがよく知っているチキチキバンバンなどの演奏が軽快に始まった。

「これから演奏するショパンのノクターンはとても切ない曲といわれています。切ないって感じわかりますか」子どもたちは顔を見合わせ、誰も手が挙がらない。
「校長先生いかがですか?」突然振られてN校長の顔が困惑で紅潮している。
「いやあ、そういうのは経験したことがないので」
「じゃ、M先生」
「えーと、ラーメン食べたいとき」子どもたちからどっと笑い声が起こる。そろそろノリがよくなってきた。

「これは何の曲でしょう‥‥」しゃぼん玉の最後のフレーズ。メロディだけだからすぐにはわからない。
「あっ『大きな栗の木の下で』や!」
 通崎さんがすぐに弾いてみせながら「よく似ているけどね、残念!おしい」
「それでは、ヒントです‥‥」
 かーぜかぜ吹くな、のメロディで子どもたちは騒然となる。

 次々と趣向の変わる演奏とマリンバの話に退屈しない。
 マレット(バチ)の違いをみせるために、バッハの無伴奏チェロ組曲を低音でゆっくり柔らかく弾いて見せると皆がうなずいている。

「ピアノは10本の指で弾きますが、それを3人あわせて10本のバチで弾いてみます」 ゴリウォーグのケークウォーク(ドビュッシー作曲)が3人の奏者でまるで手品のように弾かれ、子どもたちは目を丸くしている。

 時折、子どもたちにも何人か出番が与えられる。実は通崎さんが後ろから抱きかかえるようにして手をとり演奏しているのだが、見事終わるとガッツポーズ。代表選手に得意満面の笑みがこぼれる。
 いつのまにかみんなの小さな手が握りこぶしに変わり、3人の演奏に合わせるように宙を叩いていた。

 あっという間に1時間半が過ぎる。最後は、子どもたちから通崎さんに全校音楽で練習中の曲「歌よ ありがとう」の合唱がプレゼントされた。その曲をマリンバとともにもう一度大合唱。
 夢大使から素敵な夢が届けられた午後の授業であった。

 島崎藤村に「人の世に三智あり」という言葉がある。
 一つ目の智は「学んで得る智」。二つ目が「人と交わって得る智」。 そして三つ目が「自らの体験によって得る智」だが、いずれにも偏らずに大切にしたいものである。

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